大和言葉の中の弥生語1―八母音の弥生語

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弥生語を使っていた倭人天族(わじんあまぞく)

では、早速、やまと言葉の源(みなもと)としてのサルでもわかる古代弥生語の講義に入りたく思います。

さて「サルでもわかる」は良いとしても、古代というのはだいたい何時の頃を指すのか、という疑問が起こってくると思います。

縄文時代その前に氷河という時代がありますが、まあ縄文時代から始めて次は弥生時代、そして古墳時代、それから飛鳥・奈良時代というおおよその日本史の区分がありますが、ここで言う古代とは特に弥生時代のことを指しています。

弥生時代といえば縄文時代とどう違うのか、という問題があると思いますが、単純に言ってしまうと、縄文時代は山や海や川を渡り歩いて食べて行く時代、弥生時代は稲作の時代と言う捉え方ができます。

稲作ということは、定住してそこに村という共同体が出来上がっているということですから、基本的には移住はしません。

次に、縄文時代の転々とする時代から、お米の輸入によって定住するようになった弥生時代をリードした人はどういう人々なのか、ということになりますが、それはお米のルーツを考えると、中国からあるいは朝鮮を経由して入ってくるということは、お米を持ってくる人たちがいたということです。

昔の考えでは、それが「渡来人」だと言う時代がありましたけども、実は同じれっきとした日本人

倭人 卑弥呼(ひみこ)

であり、中国から大昔は「倭人(わじん)」と呼ばれて、九州北西から朝鮮や中国に船で行き来していたグループの日本人、それが「倭人海人族、わじんあまぞく」と言われた人々で、この人たちがその船の機動力を生かして、それによってお米を、そして後には鉄をも日本にもたらした張本人でありました。

倭人伝

そうした中国や朝鮮との商業貿易によって繁栄し強大になっていった倭人天族が、やがてそれまでの海上生活から陸上での日本制覇(せいは)へと乗り出し、九州北西から今の奈良地方の三輪への進攻をし、まずはそこを制覇して後の大和朝廷を確立するのです。

何故そう言うことになったかと言いますと、当時の日本内陸の最大の勢力は奈良の三輪一族であり、天族にとっても最大のお得意先であったのですが、この三輪の勢力が、天族から大量のコメや鉄を仕入れては他に流してはその暴利をむさぼりはじめたからです。

これが、神武東征と記紀に記されている話ですが、実際には、今から1700年位前に行われた「ハツクニシラススメラミコト(はじめて国を始められた天皇)」である崇神天皇による大和地方の制覇でした。

結局、何でお米や鉄をもたらしたのが中国や朝鮮の渡来人ではないかと言うと、その決定的な証拠があるからです。

それはかれら天族がが使っていた言葉です。

渡来人すなわち中国や朝鮮の人々がその大和朝廷の主なる人々だったとすれば、まず中国語か韓国語中心の国語になっていたはずなのですけれども、その形跡が全くありません。

崇神天皇の時代

少なくともほとんどない、という事実からすると、やはり朝鮮、中国と北九州を行き来していた倭人天族というれっきとした日本人であったということが分かるわけです。

その倭人海人族が使っていた言葉がここで言う弥生語なんです。

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一つの言葉に一つの意味がある弥生語

この弥生語は、現在ではと言うか、奈良平安時代の頃にはほとんど奈良時代に成立し出来上がった大和言葉の中に埋もれていって今日でははっきりとそれがや弥生語だと識別できるようにはなっていません。

でも弥生語の原則というものを知ると、あれもこれも元々は弥生語だということがだんだんわかるようになります。

その弥生語の原則のことを、これからサルでもわかるように、実際には猿には無理かもしれませんが、それほど易(やさ)しくという意味ですが、お話ししていきたいということです。

古代弥生語は、現代語と違い、「ひとつの言葉の音に一つの意味がある」のです。

現代語は一つの言葉の音には意味はありませんね。

現代語は、ひとまとまりの言葉で意味を持ちます、 それでしか分からないようになっています。
例えば太陽や月が輝いている空、この空は「そ+ら」でできています。

現代語では「そ」にも「ら」にもそれぞれ意味はありません。

「そら」とまとまって「空」の意味になるわけです。

ところが古代弥生語では「そ」は「何もない」という意味を持ち、「ら」は「躍動」という意味を持っています。

どういうことかと言いますと、空というのは何もないところに昼は太陽が輝き、夜は星や月が活動しています 。

だから、弥生語では一音にそれぞれ意味があるということなのです。

現代語とはまるで違いますね。
昼というのも、現代語ではひ+るで昼の意味になるわけですけども、弥生語だと、ぴるなのですが、「ぴ」は、日の事で、「る」は動くという意味です。「日が動いている」のが確かに昼なのです。

さて次に日本の言葉は常に「あかさたなはまやらわ」の子音というものと、「あいうえお」の母音から できています。

この母音 が子音と組み合わさって一つの言葉になっています。

やま(山)といえば「ya」と「ma」 という風に一音一音、母音 と子音とから出来ています。

しかも、現代語は「ya」と「ma」のひとまとまりで「山」の意味を成しますが、弥生語は「ya」と「ma」それぞれに意味があります。

「や」は「上に重なる」意味を持ち、「ま」は「まことの姿」の意味なのです。
「上に重なるまことの姿」だから「山」というわけです。

弥生語は、実に、合理的でわかりいいですよね、ほんとに心から納得です。

日本の言葉が好きになります。

弥生語は一音一音に深い意味があるのでそれだけエネルギーがあります。

この弥生語という言葉の持つエネルギーを指して昔の人々は「言霊(ことだま)」と言ったのです。

「我が国は言霊の幸(さき)はう国」と言われた理由です。

このことの関しては、別の機会にお話ししたいと思います。
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弥生語の八母音

では、早速「弥生語の八母音」から解説します。

まず、四つの単母音ーア・オ・ウ・イがあります。

エがないのは、弥生語には、元々「エ」はないからです。エは、五~六世紀頃に朝鮮から入ってきました。

それから、なぜア・イ・ウ・オと言わないで、ア・オ・ウ・イと言うのかと言いますと、弥生語におけるその単母音の順序は、その強さを表しているからなのです。

たとえば、tiu(チ) ➡  tu(ツ)  ➡ to(ト) ➡  ta(タ)のタ行の世界は、弥生語では「物量の世界」を表すのですが、チは、一のtiu(チ)であり、ツは五つのtu(ツ)であり、トは十(トゥ)のto(ト) であり、タは、to(ト)以上の数を表してタ(ta)といい、時には「無限」の意味で「タ」を使うことがあります。

とにかく、tiu(チ) ➡  tu(ツ)  ➡ to(ト) ➡  ta(タ)とその母音の順序で「物量の世界」が大きくなることがよくお分かりになると思います。

さて、弥生語では、母音は八母音です。

まずア・オ・ウ・イの四つの単母音から説明します。

始め、母音はアとウとイしかありませんでした。

アとウの中間にオが後に生まれたからです。

アは、図にあるように、最大の感嘆詞で、「アー」というのは現代でも最大の感嘆詞です。

少しレベルダウンした感嘆詞が「オー」で、その次に小さい感嘆詞が「ウー」です。

この感嘆詞に関しては、今でも、「アー」「オー」「ウー」の順でその感嘆の程度を表しています。

言ってみるとこのことはよく分かります。

素晴しいものを見たり聞いたりしたとき、「アー」っとおどろく為五郎ではないですが、最大の感嘆になります。

「オー」という感嘆詞は、やはり、その次です。

そして、「ウー」は「うーむ」と唸(うな)って「感心する」時の感嘆詞で、しかし、やはり、このなかでは一番低いですね。

また「ア」は、「天地宇宙のこの世界」の意味を持っています。

自分を取り巻く自然界の世界、「ア」はそういう「世界」を表しています。

「オ」は、「おおきい、威大な」という意味もあります。

そして自然界の世界が動いたときそれを「ウ」で表現したのです。

「ウ」は、だから「動く、生まれる、美しい」の意味なのです。

それから世界が動きをやめた時「イ」という母音で表現し、「完了・始まり」の意味を表しました。

長くなりましたので、続きは次回のブログでお会いします。

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