ウマシアシカビヒコジの神の正体
古事記 神文
ウマシアシカビヒコジの神 ウモマチパツカピコポヂ
「<葦(あし)の芽>に象徴される生命の神」 「宇宙上に爆発する数多の火の玉群」
まるで世界が違いますね。
古事記の方は、編纂者は「次に国わかく、クラゲのように漂って・・・」と、国土創成の国づくりの話としてしまっています。
一方、神文は、ビッグ・バンの宇宙創成の中で起こった「火の玉が飛び交う状態」のことを表現しています。
神文の「ピコ・日凝・pikou」は「火の玉」のことなのです。
「ヂ・エネルギー・tiの複数形のdi」で、「ポ・火・pou」ですので、「ピコポヂ」で「数多の火の玉」となるのです。
古事記とはまるで違う世界です。
しかし、この神文の記述を少しだけ裏書きするような記事が、実は「日本書紀」の一説にあるんですね。
それは「天地はじめて分かる時に、物あり。葦カビの如くして、空の中に生まれり。これによりてなる神を天常立神(あまのとこたちのかみ)、つぎにウマシアシカビヒコジの尊(みこと)・・・」とあって、天常立神もウマシアシカビヒコジも国土創成ではなく、宇宙創成の空の出来事としているのです。
こういう意味では、いろんな諸説を記録として残す日本書紀の態度は古事記のように独断的ではなく、客観性を保とうとするとても学問的、科学的スタンスを持っています。
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トヨクモの神の正体
次は、
古事記 神文
トヨクモの神 アマツㇺタユクモプルノ
「原野形成の神」 「火の玉群は振動しつつ形を成し秩序立てられていく」
神文では、宇宙が少しずつ秩序立てられていく様子をアマツムトヨクモプルノと言っているわけですけども、古事記のの解読の方では解説者が「原野の形成か?」としてよくわからなとしてよくわからないことを正直に述べています。
ちなみにこの解説本とは「古事記 上」(次田真幸、講談社学術文庫)です。
古事記解読の現状の一端をここにも見ることが出来ます。
アメノトチコタの正体
次は
古事記 神文
アメノトチコタ アメノトコタチ
「国常立に対する天の神」 「恒久的な形成に向かう宇宙の秩序立て」
このアメノトコタチ (天常立)の神については、発音については古事記、神文共に完全に同じです。
ただしその意味内容については全く違います。
古事記では、単に「天の永遠の神」で、「国の永遠の神である国常立に対する天の神」というに過ぎない神なのです。
一方、神文では宇宙創成の中で、今や「恒久的な形成に向かう宇宙の秩序立て」の様相を描写した言葉です。
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国常立神(くにとこたちのかみ)の正体
問題は次です。
ここで、古事記は、前のアメノトチコタ (天常立神)の対としてクニノトコタチ(国常立神)を創作していることです。
何故これを創作と言えるのか、ということですが、それは、今や古事記冒頭の十七柱の神がすべて神文から採られていることがはっきりしています。
ところが、クニノトコタチだけは神文にはないのです。
しかし、神文をよくよく見てみると、まず⓵アメノトチコタ の神文に続く二つの神、アマノィクノザヂとアマノィトコヂを合成させると、なんと「クニノトコタチ」にその発音の類似から出来るのです。
クノザヂ+トコヂ=クノトコザヂ→「クニノトコタチ(国常立)」というわけです。
ちなみに、アマノィクノザヂとは、本来は「宇宙のまとまろうと働く力のこと」であり、アマノィトコヂとは「その結果として、多彩な星が満天に輝くようになった」という素晴らしい宇宙の空の情景を述べた宇宙創成の話なのです。
それを、古事記編纂者は「国土形成の神、国常立神」に変貌させてしまったのです。