古代日本の倭人天族の活躍

倭人海人族の活動は 約紀元一世紀以後盛んとなり 朝鮮半島の南には任那日本府(みまなにほんふ)を置くほどその辺り一帯を支配しそれが7世紀まで続きました。 7世紀になって 「はくすきえ(白村江)の戦い」に敗れるまでその地方を支配していました。その秘密は倭人天族の海洋を駆使する強靭な 機動力にありました。

高度な文明を持っていた日本の縄文時代

日本の縄文時代は全体として「山谷を駆け巡りマンモスや野獣を追いかけ回す」といった イメージが一般に強いですが 実際には縄文の中頃になれば高床式倉庫や栗などの栽培もしていたようで 予想に反しかなり開けた文明を築き上げていたようです。

改訂版ー伊勢・鹿島・香取・春日の起源ー弓前文書との出会い

私は弓前文書(ゆまもんじょ)との出会いによって古事記に登場する神々の実相というものをよく理解できるようになりました。例えばスサノヲという神もその一音一義(一つの言葉には一つの意味があるという意味)からその本当の姿が浮かび上がってきてスサノヲの神話の事跡よく理解できるようになります。

 ーハレとケとケガレーを古代日本語 で解く           

ハレとケとケガレは弥生語でよく解けます。ケガレを「気が枯れる」とする解釈はトンデモナイ間違いです。一音一義の古代語を知らない学者の論理的根拠を全く欠くこじつけです。ケは「気」ではなく、古代弥生語の「もののけ」と同じkai(ケ、異様なもの、の意味)です。