サ行はー「何もない」意をあらわします
し(si) す(su) そ(so) さ(sa)の母音の順で「何もない意」は強くなります。
さ行は、弥生語では、何もない、無くす意味を表す言葉なのです。
水が澄むのス、用をスマスのス、スのまま、ス肌、スっぴん スカスカのス いずれも「何もなくなる、何もない」の弥生語そのままの現代語です。
なお、カ行からワ行までの子音の意味は、私の著「古事記、祓い言葉の謎を解く」ー伊勢・鹿島・香取・春日の起源ー(萩原継男 叢文社 ¥1800+税)の第三章にもう少し詳しくのっていますのでご参照下さい。
タ行は、弥生語では―「物量」をあらわす言葉です。
ち(ti,tiu) つ(tu) と(tou) た(ta)の母音の順で「物量」は大きくなっていきます。
Ta(た) to(と) tu と(つ) ti(ち)
多 十 五 一
Ti tu to taと母音どうりに、数や量は強さを増していきます。
たわわ 富む 積む 小さい ちんこい、と現代語にも、その弥生語の原則は生きているのです。
ナ行は-「秩序」の世界を表現する言葉です
に(niu) ぬ(nu) の(nou) な(na)の母音の順で「秩序」の状態は強くなります。
ただし一つだけ、例外があります。
それは「ぬ(nu)」だけは例外です。
何故なら、ナ行の秩序の言葉が「u」という「動く意味の母音」と結ぶと「秩序が動いてしまう」ので、なんと逆の「無秩序」の意味になってしまうのです。
なので、ヌマ(沼)なのです。
無秩序のどろどろの「沼」というわけです。
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パ(は)行はー自然界の眼に見えない生命エネルギーまたその意志を表します。
ぴ(pi,piu) ぷ(pu) ぽ(po,pou) ぱ(pa)の母音の順で不可視の世界の状態は強くなります。
タカマパルという弥生語があります。
この言葉を解読しますと、つぎのようになります。
マ(ma,陽の世界・見える世界)パ(pa,,陰の世界・見えない世界)それがル(ru,動く)→マパル→マハル→マワル,となります。
タは「有り余る量のエネルギー」です、それがカとは「最大」ということです。
意訳(全体をとらえて訳すこと)すると、「威大な力が流転する」という意味になります。
ですから、「高天原に神づまります」のほんとうの意味は次のようになります。
タカマパルする世界には、万物に宿る神々が躍動している、ということです。
一つの命が万物に宿っているということです。
そのとおりではないですか?
ですから、天空にある、ある一定の「高天原という神界」にはたくさんの神々が集まっておられる、という従来の解釈は後世の創作のよる「高天原」です。
ましてや、日本のどこかを高天原に比定するなどは論外です。
ついでに、古代p音は、六~七世紀には、h音に変化していきます。
ニッポンという発音と二ホンという発音があるのは、そういう理由です。
マ行は―目に見える物質世界とその変化をあらわしています。
み(mi,miu) む(mu) も(mo,mu) ま(ma,mau)の順で強くなる。
この前のパ行が目に見えない不可視の世界であるのに反し、マ行は、目に見える可視の世界とその動きを表すのです。
「タカマパル」のマパは、そういう二重の世界の成り立ちを表していているのです。
この世界はパの世界とマの世界によってはじめて動き成立しているから「マパる→まわる」というわけです。
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ヤ行は―因果が上へ上へ垂直に重なる状態を表します。
い(yiu) ゆ(yu) よ(you) や(yau)の母音の順で重なる強さを表します。
「ヤマ(山)」は、「上へ上へと重なるからまことの姿」の意味からそのように言うのです。
ラ行は―動作・動くさまの世界です。
り(ri) る(ru) ろ(ro) ら(ra)の順で動作の状態は大きくなる。
ソラ(空)は、何もないところ(ソ)に昼は太陽、夜は月や星が躍動する(ら)所から、「そら」という。
ワ行―水平の広がりを表す。
㋼(wi) う(wu) を(wo) わ(wa)の順で母音はつよくなります。
わ た つ う み
渡 垂 積 浮 現
wa ta tu u mi
(横に広がるたくさん)( 積み重なる) (浮く) (実体)が全体の直訳ですが、これらの言葉から何を連想できますか?
それは、海です。