どんな学者もどんな古神道家も知らない「天津祝詞の太祝詞」その4

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平田篤胤の「禊祓詞(みそぎはらいし)」を発掘した功績

話を篤胤にもどします。

さて、「天津祝詞の太祝詞」を求めて「大祓詞」を深く研究していった篤胤にとって、そこに入るべき言葉は「祓いの言葉」以外はありえない、と、まず着想したはずです。

そしてその着想は、確かに的を得ています。

天津祝詞を唱えれば、一切の罪という罪、けがれというけがれが祓われる、となれば、「天津祝詞の太祝詞」とは、「祓いのための言葉」以外にはありえない、と考えるのは当然だからです。

そこで篤胤は、その「祓いの祝詞」を探し求めて、伯家神道、伊勢神道、吉田神道、垂加神道をはじめ、各有力神社に伝わるありとあらゆる文献を調査していったようです。

ついでに申し上げますと、私の家が(鹿島神宮社家<しゃけ、代々その神社にお仕えしている家>第31代家枝神職(けしがみしょく)だったせいか、私の家にも平田篤胤からの鹿島神宮に関する問い合わせの書状が残っています。

そして、篤胤は、ついに、現在「禊祓詞(みそぎはらいし)」として知られる「祓い言葉」にたどり着くのです。

平田篤胤は、宣長に異を唱え、各神社に残る徹底した文献調査と直感とから、ついに「禊祓詞(みそぎはらいし)」こそが、「天津祝詞の太祝詞」の太古の原語に準ずるもの、との確信に至ったのです。

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「天津祝詞の太祝詞」の太古の原語に準ずるもの、とは?

その「禊祓詞」とは次のようなものです。

高天原に神づまります

カムロキ・カムロミの命(みこと)もちて

皇(すめ)御親(みおや)イザナキの命

筑紫(つくし)の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小戸(おと)の

阿波(あは)岐(ぎ)原(はら)に みそぎ祓い給う時になりませる

祓え戸の大神たち もろもろの枉事・罪・けがれを祓いたまえ

清めたまえと申すことの由(よし)を天津神・国津神八百万の

神たちと共に天の斑(ふち)駒(こま)の耳ふりたててきこしめせ

と恐(かしこ)み恐(かしこ)みも白(もう)す

という「祓い言葉」です。

もう、お気づきになったかもしれませんが、この「禊祓詞」は、現在、すべての神社で修祓(しゅばつ)というお祓いの時に使っている「祓詞(はらいし、祓いの言葉)」の元の形です。

これをよく見ると、現行の「祓詞」はこの「禊祓詞」の縮小版だということがよくわかります。

元神社本庁の教学部長をされていた岡田米夫という方が、小冊子「大祓詞の解釈と信仰」の中でそのことをはっきりと述べておられます。

このことは少しでも「祓詞」を勉強された方なら誰でも知っているとおもいますが、念のため、現在使用されている「祓詞」も、あわせて、参考までに、ここにのせておきますので、くらべてみてください。

掛けまくも畏(かしこ)きイザナキの大神

筑紫(つくし)の日向(ひむか)の橘(たちばな)の

小戸(おと)の阿波(あは)岐(ぎ)原(はら)に

みそぎ祓いし時になりませる祓え戸の大神たち

もろもろのまがごと罪けがれあらむをば

祓え給い清め給えと白(もう)すことを聞食(きこ)し

めせと恐しこみ恐しこみも白(もう)す

なお、篤胤が「天津祝詞」として世に出した「禊祓詞」は現在、ほとんどの教派神道(きょうはしんとう、神道系の宗教団体)の教団で使われています。

大本教やそこから別れた世界救世教などの教派神道では、特にこの「禊祓詞」を独立して「天津祝詞の太祝詞」として御神前で唱えているそうです。

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