
受・想・行・識と何度も循環する心のシステムが幸・不幸を決めている
一切の禍事(まがごと)をもたらす罪・ケガレとは実は「マイナスマインド」のことです。それが受(じゅ)・想(そう)・行(ぎょう)・識(しき)と何度も循環する心のシステムによって災厄として現象化されているのです。
一切の禍事(まがごと)をもたらす罪・ケガレとは実は「マイナスマインド」のことです。それが受(じゅ)・想(そう)・行(ぎょう)・識(しき)と何度も循環する心のシステムによって災厄として現象化されているのです。
ハレとケとケガレは弥生語でよく解けます。ケガレを「気が枯れる」とする解釈はトンデモナイ間違いです。一音一義の古代語を知らない学者の論理的根拠を全く欠くこじつけです。ケは「気」ではなく、古代弥生語の「もののけ」と同じkai(ケ、異様なもの、の意味)です。
本当の「一二三(ひふみ)の神言」とは、エネルギー保存の法則とその減少のエントロピー増大の法則からなる自然と生物の生の循環を述べたもので、この「達観(たっかん)」による緊張感が、あなたをより良い人生へと導きます。
伝えられている「ヒフミの神言」はただの「増殖の文言」でしかありません。それは弓前文書の中の「神文」からの誤伝で、その元本での「ヒフミの神言」の本当の意味は「宇宙・人間・万物における<盛者必衰の理>を述べたものです。」
鹿島・香取の謎 は古代弥生語の二つの「ツ、tsu」と「ツ、tu」で解けるのです。つまり、古代弥生語 には「ツ」と発音する言葉に二通りの「ツ」があったということです。
香取の神が 春日大社に祀られたの は、鹿島の神が三笠の山の頂上に祀られてから60年経ってからのことです。それが神護景雲2年の768年の年なのです。このワケを解き明かします。
春日大社の起源は、708年の藤原不比等による三笠山頂上の「本宮神社」にあります。そして、六十年後の神護景雲二年(768年)に、改めて、現在の、麓の春日大社が創建されました。ところが、その麓のお社(やしろ)の創建には、大きな秘密が隠されていたのです。
xa行の言葉は今は無い言葉です。平安時代の頃にk行とh行とに吸収された上代語です。しかしこの言葉のルーツを知ると「食べ物の世界の言葉」がよく分かるようになります。
スサノウの神は、本来、根の国・底の国であらゆる人々の罪穢れを大祓いする海の神であったのに、何故、記紀では新たに「祓戸の大神」を立ててスサノウの神をないがしろにしたのか、その記紀編纂(へんさん)の謎。
「高天原(たかまのはら)」の語源である「タカマパル」とは、元々は般若心経の説く「色即是空」の真理の壮大な宇宙の実相を示す弥生語なのです。